不登校~私の軌跡 1

長男が完全不登校になったのは6年生の2月でした。

経緯は過去記事に書いてあるのでここでは詳しいことは

書かないけれど、簡単に言えば

同級生からのいじめ(一年以上に渡る暴力・お金のことなど)

変に熱血で厳しいというより子供にとって

恐ろしい存在だった教師。

このままではダメになると転校したが、すでに疲れきってしまっていた彼は

そこに馴染むエネルギーもなく

転校後、1カ月で学校に完全に行けなくなってしまった。

しかし、完全に行けなくなったのは転校後であるが

いじめが発覚した後(6年生の夏の終わり)、しばらく休み(いじめにより

骨折していたし、これは私の判断でもある)

度重なる学校側の説得により、修学旅行に出席し

その後は一応登校していた。

ただし、いじめから守るという名目で朝は担任が迎えに来て

帰りは私が迎えに。

トイレは授業中に行くように言われ(いじめられないように)

休み時間は担任と一緒という窮屈さの中であった。

今思えば、これでは学校がつまらなくて当然である。

しかも、担任は長男にとってある意味いじめっこよりも怖い存在である。

いじめた方の子は普通に過ごしているにも関わらず

被害者である長男がなぜこんな思いをしなくてはいけなかったのかと

今になって思う。

事情を知らない他のクラスの子には変な目で見られることだってあった。

しかし、愚かな私は先生からのこの提案を受け入れていた。

長男が二度と危険な目に遭わないようにということしか

頭になかったのだ。漠然とした疑問は感じてはいたが。

当然といえば当然であるが、長男は登校を渋るようになった。

しかし、担任と私がそれを許さなかった。

先生は家に上がり込み、力づくで手を引っ張る。

私もそれに習う。

全力で抵抗する長男。

これが毎朝の構図となった。

「お母さん、今休むことを許したらこの先ずっと行けなくなりますよ。将来めちゃくちゃに

なりますよ!」と

いう先生の言葉に、私もそうだと思いこみ、

とにかく行かせなければと必死だった。

怒鳴り付け、殴りつけ、それでも行かせることが出来なかった日も多かった。

「自分に負けるな!」なんどとなく担任の声が響く。

長男にとって、あの時の私は鬼だったに違いない。



そんな頃、次男まで登校を渋りだす。

次男は次男で担任の教師からひどい仕打ちをされていたのだが

長男のことで頭がいっぱいだった私はその可能性さえ考える事もせず

ただただ長男の影響だと思いこみ、やはり長男同様

怒鳴り、時には殴り、無理やり登校させていた。

次男にとっても、そしてそれらを目の前で見ていた三男にとっても

私はやはり鬼に見えたに違いない。


そして12月。2学期が終わってから引っ越し、転校。

3学期から新しい学校。

はじめは長男、次男とも張り切って登校していた。

次男は「こっちの学校の方がいい!」

そういって顔を輝かせた。

それから、ポツポツ前の学校での出来事を話し始め

登校を渋っていたのは長男の影響ではなかったことを知る。

私の胸は激しく痛んだ。


まもなく、長男が風邪をひき欠席したのを境に

学校へ行くことは完全に出来なくなった。

私は長男は行かないのではなく行けないのだと理解した。

前の学校での一連の出来事で羽が折れてしまったのを

理屈ではなく、肌で感じたのである。


そこからが私自身の本当の戦いだった。

これより先は続きから・・・
引っ越し先は田舎だった。

小学校は1学年1クラスの小さな学校。

引っ越してくる前から3人兄弟の転校生が来ることは

話題になっていたし、だから私はどこの誰か知らない相手でも

相手は新しく引っ越してきた私たちの顔も名前も知っていた。

長男の欠席が長引くと、たとえば買い物に行ったとき

どこの誰かも知らない相手から

「○○くん、風邪?」などと話しかけられる。

曖昧にうなずく私。

更に長くなると

「新しい学校に馴染めないのかな?」などと聞かれるようになる。

返事に困る私。

そのうちに、小学校のお母さんには会わないように

見たことある顔が見えたら、こそこそと隠れたり

なるべく遠くに買い物へいったり、

それは長男を連れているときは尚のことだった。

我が子が不登校と言う状態を私自身が受け入れられなかった。

みんなが変な目で見ている気がした。

母親が悪いとささやかれている気がした。

そして何より、私自身が自分を責めていた。

この子がこんなふうになったのは私のせい、そう思っていた。


学校へ行けないということは普通のことじゃない。

でも、彼は行けないのだ。

足をけがしている子に思い切り走れというのが不可能なように。

どうしていいのかわからなかった。

将来のことを思うと真っ暗に思えた。

長男の心は荒れていた。

まるで幼稚園児のような我がままを平気でそして

全力でぶつけてくる。

毎日が文字通りの戦い。

でも、その中で悟った。

これは彼の助けてほしいという叫びであるということを。

私の愛情を充分に感じられず、甘えたいのに

甘えられない、自分の価値が見出せずなんとかここから抜け出したいのに

どうしていいかわからない。

彼は必死で私に助けを求めていると。

絶対に私が救い出してやらなければならない、

私の中のスイッチが入った瞬間だった。

将来を悲観したり、自分を責めている場合ではない。

まして世間の目を気にしている暇はない。

今、ここで彼を救わなければ。

まずは何より精神状態を安定させてあげること。

安心して毎日を送れるようにすること。

そのほかのことはその後考えればいい。


そう決めたものの、その時の私には味方はいなかった。

旦那も→ダンナ

私の母も→不登校~身内

しかし、そのことが返って私を強くしたのかもしれない。

長くなるので、続きは次回。




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コメント

yuyuhaya #iRTvXO9Q

きっと我が子が不登校になったら、私も同じ道をたどると思う。きっと誰でもそうなんじゃないかな?
今は長男君の心に寄り添って絶妙なタイミングで行動するいるかさんも、最初からそうではなかった。
きっと多くの人が勇気付けられると思うし、指針になると思います。

今の長男君。
やっぱり段階ごとに揺れ動いたり、立ち止まったりしてしまうんだね。
そしてタイプが違うと言う次男君。
見極め、タイミング・・・本当に難しい。

もう一度振り返って気持ちの整理・・・・かな?

2011年09月02日(金) 23時27分 | URL | 編集

海のいるか #-

★ yuyuhayaさん

そう、たぶんみんな同じ。
最近訪れてくれる方は過去記事を読んでいない人も
多いと思うの。
今子供が不登校になり、パニックになって苦しんでいる人に誰でも同じだよって伝えたいのと
そう、もう一度振り返って気持ちの整理というか
私の決意というのかな、初心に帰ってみたくて
書くことにしました。
過去記事と重複するけど、ごめんね。

2011年09月03日(土) 20時28分 | URL | 編集


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