まずは愛情

この前、古本屋で買った一冊。(105円だったので何冊か買いました)

「子供は親の鏡」

セラピストである著者とカウンセリングを受けにきた家族のことが

書いてあります。

その中の一人、弘君という子と家族のまさに10年に及ぶ闘いの日々。

弘君は高校2年の時理由はわからないまま、勉強したり学校へ行ったり

友達と遊んだりということが どうしても上手に出来なくなってしまいます。

夏休みに自分がたてた勉強の計画を消化できず、精神的な限界に

達してしまい、以後机に向かうことが出来ず、二学期からは学校も

休みがち。自室に閉じこもり両親ともあまり口をきかない。

食事などで声をかけても出てこないことが多く、

出てくるにしても遅れて一人で食べるという日々。

背景にはお父さんの弘君に対する過剰な期待、

(国立大学にはいらなければいけない というような)

それに応えなければいけないという弘君の思い込み。

夫に何もいえないお母さん・・・という図式がありました。

著者は 弘君に対し、いっさいの指示、命令をしないようにと

両親に指導します。

お父さんはなかなか変わりませんが、お母さんはそれをなんとか守るように

しますが、なかなか好転しない状況に焦りが出てきます。

「やはり少しは強く言わなければいけないこともあるのではないでしょうか。

人間には叱咤激励も必要だと思うんです」というお母さんに対し

「今の弘君に叱咤激励してどうなると思っているの?

心が健康で、少しくらいのことは跳ね返せる状態なら叱咤激励も力になる。

でもね、彼は熱を出してあえいでいるような状態なのよ。そんな子に

走れだの、もっと速く歩けだの言うつもりなの?」


「けれど何でも受けいれるばかりではますます甘えが強くなってしまうし・・・」

「そうよ、甘えさせてあげなさい、何が出来なくても生きていてくれる、そこに

いてくれればお母さんは嬉しいんだという気持ちを伝えてちょうだいって私は行ってるのよ」


この後、お父さんの対応の不味さから

(お父さんに悪気はなく、弘君を心配しての行動なのですが)

弘君は自殺未遂をおこしてしまったりといろいろ

ありますが、お父さんの意識も変わり、また夫婦関係も見直したりと

様々な努力をして、5年かけて高校を卒業。

大学受験をするが不合格で

一年浪人をして

家には仏門関係者の知り合いもなく仏教とは

何の関係もないのですが、ある大学の仏教学部に入学し

弘君はお坊さんになりました。 




この本を読んで、私は 間違ってないよと言われた気がしました。

それから、改めて家族というものの大きさ。

子供は本当に親の影響を強くうけます。夫婦関係のあり様までも。

精一杯親の期待にこたえようと無理をしてしまいます。

自分が壊れても。

優しい子、真面目な子であればあるほど。

期待をしてはいけないわけじゃありません。

ただ、まずは、そのままのあなたを愛してるとしっかり伝えることが

何より大切なんですね。

たとえ何も出来なくても存在自体にとっても価値のあることを。


これを読んで、ウチには関係ないと思った人でも

どうか、愛情だけはしっかり伝えてくださいね。

愛するだけじゃなく、伝わっていることが何より大切です。


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心に寄り添う

今朝は旗持ち。

家の方から学校へ行くには国道を渡らなければならないのですが、

その国道を横切る道は狭く、かなり危ない交差点なんです。

インターがわりと近く、交通量は多くて、その細い道を抜け道にする車も多く・・・。

横断歩道で信号待ちを待っている歩行者が見にくいので、

子供は轢かれる事故(幸い、たいしたことはなかったようですが)も起きています。


今日はそこで、子供たちへの交通指導。

信号だけでなく、自分の目で確かめて渡ってね。



今日は次男も元気に行きました!

次男。以前も何度か書いたことなのですが、

前の学校にいたころ、すごく行き渋ったことがあります。

そのころ・・・長男は非行と思える行為を繰り返していた時期であり(のちに友達からの

暴力によってだったことが発覚しましたが)私は長男のことでいっぱいいっぱい。

そのころは長男も不登校というわけではありませんでしたが、

休みがちではありました。

毎朝繰り広げられる長男とのバトル・・・・。

その中での次男の行き渋り。

学校で何かあるのかと聞いても何もないという次男。

私は、これは長男に引きずられているに違いない、この子までこんな風になっては困る
(その当時の心境です)

嫌がる次男を引きずって、学校へ連れていきました。

毎日のように怒鳴りつけ。


それから、半年のちに引っ越し。

さらにそれから半年くらいたった頃、

当時、次男は先生から、いじめに近い行為を受けていたことを話してくれました。

かなりひどいその話に

気付いてやるどころか、無理やり連れていったりして追い詰めてしまったこと。

あんなに泣いていたのに!

長男のことで手一杯の私に話すことも出来ず、

私からも、怒鳴られ、逃げ場がなくどんなにつらかったことでしょう。

じっくり話をし、今度なにかあったときは必ず話すと約束してくれました。


今現在、学校でなにかある様子はありません。


ただ、私は長男の様々なこと、次男のこの経験の中で

子供の心の中のことについて

親が勝手に判断してはいけないと思っているのです。


目に見えるものや、状況。

あるいは本人から話しを聞いたとしても、

親のものさしで、たいしたことじゃない、とか

それは大変だ!とか判断するのではなく、その子自身がどう感じているか

だと思うのです。


親から見て軟弱にみえても、そんなんじゃダメだと否定するのではなく、

まず、その気持ちに寄り添い、受け止めてあげてから

乗り越えるための方法を一緒に探してあげる。

そうすることで子供は強くなっていくのではないだろうか。

そんなんで社会に出たら通用しないとか大人はすぐに考えるけど

社会に出るために、そうやって段々に強くなっていけばいいのではないか、

逆にそんなに頑張らなくてもいいのにと思ったとしても

本人が頑張っているのなら、それを邪魔するべきではないのではないか。

昨日かいたように

頑張る、休むのバランスをとりながら、うまく子供をサポートしていきたい

と私は思うのです。



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褒める~思春期~

長男は今日7時に施設へ行った。

いつも、10時半頃の重役出勤の彼。

やれば出来るじゃないの。

友達とどっちが先に行くか競争してたらしい。毎日競争してくれー!!


朝、先生と少し話をした。

今日はずいぶん早いじゃないか


○○くんと競争してたみたいです。

実は、少し遅れそうになって、もう負けるから行かないって言いだしたんですよ。

で、休んでどうするの?今日休んで明日行くの?

って聞いたら、そうなったら当分行けないというので

それでいいの?って聞いたら いや、行くって。

結果的に勝ったみたいですが(笑)



目先のことしか考えられなかったのが、そうやって自分で考えて判断できるようになって

すごい進歩じゃないか。

お母さん、そういう時にきちっと認めてやんなきゃダメだぜ!

「あんたがそうやって判断できてお母さん、嬉しい」ってちゃんと言ってやんなきゃなぁ。

子育てなんてなー、1ミリ2ミリの世界なんだよな。

調子よく上がってんなーと思ったら前よりもっと下がったり。

でも、ほんのちょっと上がったときに お母さん嬉しい のひとことは心に響くんだぜ。

ごちゃごちゃ言っちゃだめ、一言でいいんだ。

どんな子供だってお母さんを喜ばせたいものなんだ。

困らせてばかりの子はその裏返し。

それが細かい変化に気づかない親が意外と多いんだよな。

気付いても そんなの出来て当たり前だとかな。

大きくなるほど そうなるけど、中学生だって高校生だって同じだぜ。

もう中学生なんだから出来て当たり前なんじゃなくその子の変化に反応してやることが大事。

そうやっていくと すごい伸びてくぜ

今の親は感動が足りないよ



褒めて育てるとはこういうことを言うんだなと思う。

小さいうちは こんなことが出来るようになってすごいね とか褒めるのは

そんなに難しくないけれど 大きくなるにつれ意外と難しくなってくる。

一歩間違えたら馬鹿にするなと言われてしまうかもしれない。

それはきっと成長するのは外見的な行動というより

内面的な心の中になってくるからだ。

だからこそ、嬉しいとこちらの気持ちを伝えるのがいいのだと思う。

そう、いつまでも、上から子供を見降ろして、えらいねって言うんじゃなく、

対等の立場で、嬉しいわと思いを伝える。

逆の時は悲しいと。


そしてね、そんなことじゃ男がすたるよ!

この一言も有効なんだそうである。思春期の男の子には(笑)


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甘える

私の父はアル中でした。

別に暴力をふるう訳じゃなく、私の事もかわいがってくれていましたが、
母とは毎日喧嘩をしていました。

休みの日は(職人だったため、雨が降ると休みだったり色々でした)
朝から酒を飲み、母に絡む。
それでなくても毎晩眠りにつくまで文句を言い続ける。
母は融通がきかないくらい真面目な人だったので
喧嘩にならない訳ありません。

何がきっかけで文句を言いだすかわからないので
私が子供の頃は家の中がどこかピリピリしていた。

2階の子供部屋で兄と寝ていた私は
夫婦喧嘩が始まると
兄の手を ギュッと握っていたのを覚えている。

母がかわいそうで、私は“いい子”だった。
まったくやりたくなかった学級委員にも立候補したり
母は強制しないけど、やってほしそうだと感じたから。

小学生の頃、
父と母と一緒に私の服を買いに行った事があった。
別々の服を持ちどっちがいいか聞かれた。
本当は母が選んでくれた方を気に入っていたが、
父の機嫌が悪くなる事を恐れ
出来るだけ無邪気に お父さんの持ってる方がいい
と言う私。

ほら、おまえはセンス悪いから

と母に向かって言う父。

(そんな事ないよ、ホントはお母さんの方がいいよ)
と申し訳なく思う私。

あの頃は無意識だったが今思うと
子供の頃の私は すごく気を使って生活していたように思う。
(高校生くらいから 段々いい子ではいられなくなっていったが)

甘えることもあまりなく 我儘も言わなかった

しっかりしているね

とよく言われた。

悲しいことがあっても泣くところを誰にも見られたくなかった私は
トイレかお風呂で涙を流した。

大人になった今でも私の心のどこかに
甘え足りない私がいる。


今、わがままを言う我が子に振り回されて
てんてこまいでも

心の中で 
彼らにとって私の存在が
我儘をいえたり、甘えたりできる存在であるという事に安心している。



不登校、男の子の育児
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母の顔、娘の顔

普段、子供たちの母でも、自分の母親の前では娘である。

そして思う

お母さんはいちいち うるさいなー・・・

私の母は基本的に過干渉である。

電話がかかってくれば

誰から?なんだって?

(誰って・・名前言ってもしらないでしょ)

ちょっと寒くなれば、寒くないの?もっと厚着しなさいよ。

(私はもうすぐ40にもなるでかい大人である。その判断は自分でできる)

昼過ぎれば

今日の夕飯なににするの?材料あるの?

買い物行って来ると言えば

何買うの?どこの店?

母は県外に住んでいる、この場所の知識は何もない。店の名前を言ったって
それが何処かわからないのに聞くのである。

そして 複数の男の子を育てたことのない母は
男の子同士の喧嘩や乱暴な遊び方に慣れていないため

ちょっとした喧嘩でも

あ~大変!喧嘩してる、早くとめなさいよ。

いつものようにドタバタとプロレスごっこのような遊びをしていると

あらあら、怪我でもしたら大変、早くやめさせないと・・・


ああ~!いちいち うるさ~い!


と言いたいのをこらえ、

お母さん、そんなにいちいち気にしていたら 気がもたないよ。
いつものことだから 少しくらい放っておいて大丈夫だよ

でも、怪我でもしたら大変じゃない!
知らんふりしてないで やめさせなさいよ!

そんなに心配なら お母さん言ってよ

あたしが言っても聞かないもの!

私が言ってもきかないよ!
これくらい男の子は当たり前だよ。

○○(私の兄)はこんなことしなかったよ

だから・・・お兄ちゃんの兄弟は妹の私しかいなかったでしょ!
とにかく大丈夫だから!

とついつい語気が荒くなってしまう私である。

心配してくれてるのは充分わかっているのだけど。

いろんな面で世話になってる母にきつい態度はしたくないのだけど。

でも
あ~うるさい

この私の感情を忘れず、子供たちにうるさくなりすぎないようにしよう
と思う私である。

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